- 投稿:2023/08/02
- 掲載:2023/08/28
ここ満福寺は、讒言を受けた源義経が兄の頼朝との和解のため、鎌倉に入るべく、一時宿所とし、兄への手紙を書いたお寺です。「腰越状」と呼ばれる 墨は硯の池で弁慶は「腰越状」の下書きをする際、この池の水で墨をすったと伝えられています。本堂には義経の物語を鎌倉彫で描いた襖三十二面があり立派です。
ここ満福寺は、讒言を受けた源義経が兄の頼朝との和解のため、鎌倉に入るべく、一時宿所とし、兄への手紙を書いたお寺です。「腰越状」と呼ばれる 墨は硯の池で弁慶は「腰越状」の下書きをする際、この池の水で墨をすったと伝えられています。本堂には義経の物語を鎌倉彫で描いた襖三十二面があり立派です。